「三重」の由来はヤマトタケルの尊から!?

詳しくは知らずとも「ヤマトタケル」という名前は日本人なら誰もがご存知ですよね。日本書紀や古事記などで活躍する、日本神話の英雄です。

ヤマトタケルは全国的にも各地に足跡を残していますよね。それだけ全国を回って、各地を平定していったわけです。
九州から東北まで、昔で考えたらそれは大変な旅であったと思われます。

そのヤマトタケルが東北の平定へ行った帰り、尾張(現在の名古屋)でも荒れ狂う神を平定しなくてはいけなかったのです。ところが、あの草薙の剣を置いていったのですよ。
持っていけばよかったのに!と悔やまれますが、それはまあ神話なのでおいておきまして、そうですあの草薙の剣はそういうわけで、今は名古屋の熱田神宮に収められているとかいないとか。

そして、草薙の剣を持っていないヤマトタケルはかなり痛手を負うのです。その痛手を負ったまま、京都か伊勢神宮へ行こうとしたヤマトタケルは、現在の三重県鈴鹿山へと進んでいきます。

この鈴鹿の山は大変険しいことで有名。ヤマトタケルはあまりに疲れてこう言いました。「わが足三重のまかりなしていと疲れたり」。そうです、疲れすぎて足が3重に折れるわ~と言ったのです。

そして、これが「三重県」の三重の由来となりました。

ヤマトタケルはその後どうなったのでしょう。
疲れはてたヤマトタケルは、まもなく命を落とすのです。そう、実は終焉の地は各諸説があってはっきりとはしていませんが、やはり三重県の亀山市あたりが、ヤマトタケル終焉の地と言われています。